中国の大卒初任給は5万円。日本はと聞かれて
「20万円くらいかな」
と答えると彼は目を剥いて言いました。
「ほんとに!?日本人は、働き者だからな!」
けど僕は反射的にこう説明していたのです。
「いや、それは違うよ。日本人が働き者だったのは、20年くらいの話だ。おれの父さんや爺さんの時代は、そりゃあ働いてた。休みは週に一日だけ、連休は春と秋の二回。朝から晩まで働いて、企業戦士や過労死、なんていう言葉が流行った。ところが、いまの日本と来たら、毎月どこかで連休だ。社蓄なんて言葉があるくらいで、みんな会社を自分で動かしているという意識がなく、会社に飼育されてると思ってる」
「飼育?ブタや牛みたいに?」
「そう。会社に飼育されてるんだっていう意識で働くひとも多い。企業戦士、なんていう言葉はもう聞かないし、それどころか全く働かずに家にこもったままの”ひきこもり”や”NEET”なんていう若者が登場して来て、少なくとも昔みたいに死ぬ気で働いてる人は殆どいないね」
「日本のこと、映画でしかしらないから、みんな凄い真面目で頭のいい人たちだと思っていた」
「その映画は古い。いまの日本人は全く、そういうことをシリアスに捉えていない。日本での最近の悩みは貧困とモチベーションの低下だよ」
「貧困といっても、日本人の給料は4倍高いし中国のほうがもっと貧困だよ」
「その通り。けど、日本人が抱えている問題はお金がないということじゃない。やることがなくてやる気が出ないんだ。生活に余裕があるから”やりたい仕事がない”なんて言っていられるのさ」
「それでも、生きて行けるだけ羨ましいな。中国は、人が多過ぎて、エリートでも職探しに苦労する。お店の店員が、みんな深圳大学卒の博士号をもっていたりするんだよ。大金を掛けて勉強しても、働き口がないからみんな仕事があればなんでもするんだ」
「でも安心しなよ。昨日今日ですごく思ったことがある。いまの深圳は、50年前の秋葉原なんじゃないかって。秋葉原も最初は闇市から始まって、世界最大の電気街になった。電気街の存在が、日本のハイテク産業の人材を育て、世界に冠たるハイテク立国として成長していった。すでに深圳は世界最大の電気街だし、そこには君のような勤勉で優秀な若者が沢山いる」
君のような優秀な若者、といったところで彼は照れ笑い。
僕は続けた。
「日本人はいま、とても怠けている。危機感がなく、仕事への熱意をもっていない。君たちは、勤勉で、積極的で、賢い。今日、プレゼンをしてみて本当にそう思った。社長が出席している会議で、社員の方が社長より元気に質問をしてくる会社は伸びると思う」
「それはありがとう。でも会議はいつもあんな感じだよ。いい意見に身分は関係ない」
「だからね、僕はひょっとすると、あと数年もたてば、君たちのほうがずっとずっとお金持ちになっているような気がするんだよ。それで、日本はいまのイタリアやポルトガルみたいに”かつては文明発展に多大な貢献をしたがいまは無害で無気力な国”になっちゃうんじゃないかと思ってね」
僕は自分のクチから出る言葉を信じられませんでした。
けれども、それが自分の本心から出ている言葉なのだと知ったとき、ひどくショックを受けたのです。
日本が世界の二流国になる、いや、もう成っていて、しかしそれに多くの日本人が無自覚のまま、気がつけば世界に取り残されているかもしれないという危機感は、これだけいろいろなことを言ってきた僕自身さえ、実はそう言葉を発するその瞬間まで、なかったのです。
これが単なる同情ではなく、実感を伴った感想であることは、後席に座っていた水野君にも伝わったらしく。
「ヤバいですね。よく考えると」
しかしヤバいけど対抗できない。圧倒的な貧困と、低賃金と、人口。
これに比べると日本は独自言語を使う、金持ちの少数民族に過ぎません。
これが中国という国の脅威であり、これだけ広大な国土と人口を一つの政府が支配することの凄みなのか、と思いました。











